私の読書日記
 ×月×日
 村山治『特捜検察vs.金融権力』(朝日新聞社 1400円+税)を一気に読んだ。あまりに面白いので途中でやめられなかった。
 ここに書かれている諸々の事件は、たいていの人が断片的には新聞TVで知っている有名事件である。
 九〇年代前半に起きたイトマン・許永中事件、東京佐川急便事件、金丸信脱税事件、ゼネコン事件などにはじまり、九〇年代後半になると、バブル崩壊とともに噴出した一連の経済事件がならぶ。東京二信組事件、住専破綻処理、野村・一勧の不正利益供与事件、ノーパンしゃぶしゃぶ等大蔵省汚職、長銀破綻処理、日債銀破綻処理などなど。二〇〇〇年代には、KSD事件、日歯連事件、ライブドア事件などにも話が及ぶ。
 要するに地検の特捜部が扱った有名事件のオンパレードだ。この本でそれらの事件がより詳しく解明されるわけではない。この本の面白さは、個々の事件の細部にはない。むしろ一連の事件の摘発過程全体を追ったときに底に見えてくる大きな流れにある。そちらに着目すると、一見何のつながりもない個々の事件が実は大きな流れの上でつながっているとわかってくる。
 個々の事件以上に面白い巨大ドラマが、背後で、より大きなスケール、より長いタイムスパンで展開されているのだ。それが「特捜検察vs.金融権力」というドラマである。
 金融権力とは何かというと大蔵省権力である。バブル崩壊後に次々に起きた一連の経済事件の陰で、「検察対大蔵省」という、日本の国家権力の中でも最強の二大権力機関が食うか食われるかの死闘を繰り広げていた。それまでもたれ合い助け合ってきた二つの機関がなぜ闘いはじめたのか。
 バブル経済の崩壊とともに、オモテの金融システムと地下世界の癒着と腐敗があばかれはじめた。その腐敗の根源に大蔵省が動かす金融「護送船団」体制があった。腐敗は大蔵省にも及んでいた。それを根こぎにするためには、大蔵省のキャリア官僚を頂点とする金融行政システムそのものにメスを入れなければならない。摘発はノンキャリアからはじまるが、とどめはトップクラスの高級官僚に狙いがつけられる。さらには、大蔵省の行政行為そのものを罪に問うべきだと現場の検察官は考えていた。しかしそこまでやったら国家の行政システムそのものがこわれてしまうと法務官僚は恐れた。様々の思惑がぶつかり合う中で、平成金融危機が起る。日本の金融システムを救うための残り時間は少ない。誰と誰をどこまでやるのか。早く決めなければ。証拠は十分か。大蔵の逆襲はないか。大蔵と検察が本格対立すると、今度は検察内部のうしろ暗い部分(調査活動費の不正経理問題)をあばく側に大蔵が立つ。
 これは日本のつい最近の現実政治・現実経済の中で本当に起きた、いかなるサスペンス小説も及ばぬハラハラドキドキの切迫状況だ。
 著者はその切迫状況の中で、かねて念願としていた「国家権力のはらわたを見る」ことができた思いがしたという。
 これを読んで、あの時代になぜ日本の金融行政システムが抜本的に変革されてしまったのか、そのウラのウラまでわかった思いがした。

 ×月×日
 ウィニーによる情報流出事件の記事を読むたびに、すでに沢山の事件が起きているのに、いまだにウィニーで新しい情報流出事件を起すとは、なんて間抜けなやつなんだろうと思っていた。また自分はウィニーを使っていないから絶対に大丈夫と思っていた。
 しかし、湯浅顕人『ウィニー 情報流出との闘い』(宝島社新書 700円+税)を読んで、決してそうではないことがわかった。
 実はこれまで、ウィニーの何たるかがよくわかっていなかった。情報流出事件で、具体的に何がどう起きているのかがよくわかっていなかった。しかし、これを読んでやっとそこがわかった。それとともに、そのかかえる問題の根の深さがわかった。情報流出を起した人は、自分が情報流出を起しているという事実そのものに全く気がつかないのだ。そのうち外部で「祭り」がはじまる。流出した秘密情報、面白情報がネット上で話題になり騒ぎになる。コピーに次ぐコピーによって秘密はどんどん広がり、止めようがなくなる。流出情報から生まれた面白二次情報三次情報を全部集めた「まとめサイト」が作られ、それを作った人は、「神」と呼ばれてあがめられたりする。
 情報流出は基本的にウィルスによって起るが、ウィルスには多数の種類があり(「キンタマ」「仁義なきキンタマ」「ぬるぽ」など奇妙なものが沢山ある)、被害者本人もいつどのウィルスにやられたかわからない。

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 情報流出、ウィルスの流行以外にもインターネット社会で起きているネガティブ現象は沢山ある。
 いちばん由々しい問題は、ネット社会全体の情報の質がどんどん低下していることだ。いまネット社会は、ゴミ、クズのたぐいのジャンク情報であふれかえっている。何がどれだけ真実で何が虚偽なのか、簡単には見分けがつかない状況が生まれている。
 高度情報化社会になれば、誰でも質が高い情報を簡単に入手できるようになって、社会全体の知的水準が上がる。善意の助け合いネットワークが沢山生まれ、不幸な人、孤立無援の人が少なくなり社会はより改善されるなどなど、高度情報化社会の夢がいろいろに語られてきた。しかし現実に起きていることはその逆ではないか、とコモエスタ坂本『低度情報化社会』(光文社ペーパーバックス 952円+税)は警告を発している。
 インターネットをうまく利用すれば、たしかに質が高い情報に出会うこともできる。しかし実際には、みんな自分がわかりそうな低品位の情報だけを選び、自分と同類の人とだけ交信しあう結果、「バカはバカとだけ交信し、もっとバカになる」という低レベルの情報平準化現象が起きている。
 結局、「インターネットは世界を白痴化させるシステム」になっているのだ。
 低度情報化社会人間の例として著者があげる「ヘッドライン(だけでわかったつもり)症候群」「チェック(しなきゃ)症候群」「Google(で調べるだけで満足)症候群」「コメンテーター症候群」「根拠なき権威症候群」などは、たいていの人が思い当たる症候群だろう。
 いまだに高度情報化社会のユメにおぼれている人々には、第一章の「あふれかえるジャンク情報に〓れゆく人々」、第二章の「mixiと2ちゃんねるが加速させる『エンドレス・コミュニティ』」、第五章の「たかがGoogle、あるいはWeb2.0というイカサマ」などの章が必読だろう。

 ×月×日
 情報時代の一大先駆者といえば、サイバネティクスの創始者、ノーバート・ウィーナーだ。ウィーナーの本格評伝、フロー・コンウェイ他『情報時代の見えないヒーロー』(日経BP社 2800円+税)は、科学技術史としても、人間論としても抜群に面白い。ウィーナーはアメリカで最も有名な神童だった。五歳でギリシア語とラテン語をやり、十一歳でタフツ大学に入学した。三年で卒業しハーバード大学院へ。十八歳で英ケンブリッジ大と独ゲッティンゲン大へ留学。帰国後は、MITの講師から教授へと、学者として輝かしい道を歩みはじめる。しかし神童時代に健全な精神発達がとげられなかったので、まともな人間関係が築けない。社会生活も営めない。一生を奇人変人としてすごし、他人から理解されず、重度の躁鬱病患者になっていった。おまけに軍事研究に反対し、共産主義への共感を口走ったため、FBIからにらまれ、政府から研究資金がもらえなくなる。世界中でサイバネティクス理論は高く評価されたのに、アメリカでは次第に忘れられた存在になっていく。神童の悲劇である。


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