私の読書日記週間文春2007年4月12日

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 次期大宅賞の候補作品として、五冊の本がドサッと送られてきた。しかし、私が当然候補に入るだろうと思っていた、斉藤光政『偽書「東日流外三郡誌」事件』(新人物往来社 1800円+税)は落ちていた。残念なのでここに紹介。
 日本には古くから、『古事記』『日本書紀』以前の神代の歴史を伝える文献と自称する一群の怪しげな文書がある。日本のキリスト伝説を伝える竹内文献、神代文字で神武天皇以前の天皇家(ウガヤフキアエズ朝)の歴史を伝える『上記(ウエツフミ)』『秀真伝(ホツマツタエ)』などなど。
 九〇年代に「サンデー毎日」を舞台に大々的な真贋論争をまき起し、NHKの番組にまでなったのが、「東日流外三郡誌」。これは古代津軽に大和朝廷と対立する東北王朝があったとする江戸時代の史書(?)。膨大な和田家文書群(全部で千巻以上の邪馬台国の時代までさかのぼる壮大な歴史)の一部とされた。
 この書をめぐって邪馬台国論争で名高い古代史家の安本美典と古田武彦が、偽書と真書の立場から激しい論争を繰り広げたため、世の注目が一挙に集まった。
 筆者の斉藤氏は、地元東奥日報の記者として、この偽書事件を最初から終りまで見据えた人。実に念入りな取材によって、史上最大といわれるこの偽書事件の全貌を暴いた。偽書をでっちあげ自ら発見者となった和田喜八郎という奇怪な人物の陰影を見事に描写。
 ナゾ解きものとしても、なまじの推理小説よりはるかに面白い。だがそれより、壮大すぎるほど壮大なウソの積み重ねの上に築かれたこのような偽書が、なぜかくも多くの人をだませたのか、不思議な都市伝説的社会現象の臨床解剖の書と見るとさらに面白い。
 
 ×月×日
 応地利明『「世界地図」の誕生』(日本経済新聞出版社 2400円+税)は、世界地図なるものは、地図作成者の世界観の反映そのものという立場から、古今東西の世界地図を分析した書。
 取りあげられた世界地図は、日本最古の世界地図、法隆寺蔵「五天竺図」。大英博物館蔵「古代バビロニア粘土板世界図」。英国ヘレフォード大聖堂「ヘレフォード図」。中国西安碑林博物館蔵「古今華夷区域 要図」。アッバス朝イスラム「イドリースィー図」。古代・中世ヨーロッパ「プトレマイオス図」。ポルトガル大航海時代「カンティーノ図」。中世ヨーロッパ「フラ・マウロ図」。スペイン海事博物館蔵「コーサ図」など多数に及ぶ。
 これらの地図が、どのような世界観とどのようにつながるのか。豊富な図版とともに解説されている本書を図版なしで紹介することはほとんど不可能だが、たとえば、法隆寺の五天竺図には、仏典の「〓舎論」が描く世界像がそのまま描かれ、その中央には仏教世界の中心である須弥山(標高五六万キロ)がそびえ立っている。ヘレフォード図では、画面の中心に世界の中心たるエルサレムが描かれている。このあたり、仏教的世界観とキリスト教世界観が見事に対比される。後者はまた地図全体が二重構造になっていて、大きな時間の流れもまた地図に示される。天地創造、エデンの園、バベルの塔などが描かれる一方、キリストの生から死にいたるエピソード、さらには、世界の終末、最後の審判までが描かれている。
 つまり、この地図には世界の空間的全体像とともに、時間的全体像もまた描かれている。同様に、中国の世界地図には、中国王権思想のコスモロジーが描かれているし、イスラムの地図には、イスラム思想のコスモロジーが描かれている。
 大航海時代以後になると、地図から非現実的な要素がだんだん失われ、より実用性に富んだ、科学的世界像が描かれる。
 地図の進化論を語りながら、人類の意識の進化論が語られてゆく。
 
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 ソニア・シャー『「石油の呪縛」と人類』(集英社新書700円+税)は、驚くほど豊富な情報が、わずか二五○ページの本の中にギューギューに詰まっている。
 石油の解説本は沢山あるが、これほど多面的な情報がこれほど見事に一冊に詰めこまれた本は他にない。
 資源開発、歴史、関連産業、ビジネス、政治、戦争、国際関係、環境問題などなど、石油がかかわるあらゆる事象がどのように関連しあっているか、どのような未来展開がありうるか、きちんとデータをおさえながら、見事に解剖していく。
 石油問題は、現代社会を知る上で必須の基礎知識だが、一冊ですべてをというなら、この一冊を推す、と言っていいくらいの本だ。
 私も石油については相当に知っているつもりだったが、この本にはだいぶ教えられるところが多かった。政治と経済のウラがよく読めてくる。
 ただ情報密度が濃すぎるところがあるから、ゆとり教育・学力崩壊世代の若者には、情報を全部読みとれない人が結構いるのでは、という点が心配だ。
 
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 五百旗頭真・伊藤元重・薬師寺克行編『外交激変 元外務省事務次官柳井俊二』(朝日新聞社 1700円+税)は、朝日新聞の「論座」が行っている、連続インタビュー「キーパーソンが語る証言90年代」の一冊。
 思えば、九○年代は、日本の外交が本当に激変した十年間だった。
 湾岸戦争、カンボジアPKO、北朝鮮の核問題などなど、日本はそれまでにないようなできごとへの対応を次々に迫られた。
 いま話題の北朝鮮問題、自衛隊の海外派遣問題、従軍慰安婦と河野談話問題、あるいはその前の村山談話(戦争謝罪)問題など、すべてこの時代に端を発している。
 それらの問題に外務省で中心的に対応してきたのが、柳井氏だった。いま日本のかかえる外交問題を原点から知りたいと思ったら、この本を読むのがいちばんと思う。
 一連の問題の多くが次々に起きたのは、細川内閣から村山内閣にかけての社会党が政権中枢に入っていた時代だが、柳井氏の社会党に対する評価は辛すぎるほど辛い。
 しかし、この時代の内幕を語る中で、機密性の高い情報は社会党の閣僚には渡さなかったとか、細川内閣の与党閣僚には話さないことでも、自民党(当時野党)の橋本龍太郎政調会長には事前説明をして了解をとっていたといった話を聞くと、それはいくら何でも、官僚として道を踏み外した行為ではないかといいたくなる(時の政治権力者をサポートするのが官僚の任務)。
 
 ×月×日
『裸のサル』で一千万部のベストセラーを出したデズモンド・モリスの最新作『ウーマンウォッチング』(小学館 3500円+税)が面白い。
「目」「耳」「鼻」「唇」など、女性のいろんなパーツについてのうんちくを、例のデズモンド・モリス調の軽妙な筆致で書いたエッセイ集。
 さっそく、男にとって最大の関心パーツである「乳房」、「恥毛」、「性器」などの項目を開いてみる。「乳房」はまあどうということはないが、「恥毛」については、「恥毛カツラ」に数百年に及ぶ歴史があり、フランス国王が宮廷の淑女たちに与えた、「華美な服装を慎め」という言からその華麗な流行がはじまったという話にはおどろいた。
 米ジョージア州では、ヌードダンサーも指二本分の恥毛(約四センチ)を残しておくことが義務付けられているという話には、へーと思った。
 それよりびっくりしたのは、「性器」の項の〓四つの性的『ホットスポット』〓の話。
「クリトリス」と「Gスポット」についてはもちろん前から知っていたが、「Uスポット」、「Aスポット」、「AFE・ゾーン」「アンティアリアー・フォーニクス」「エロジャナス・ゾーン」については初耳だった。ほんとにこんなにいろんなホットスポットがあるのかね、と思った。


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