「南原繁の言葉と戦後レジーム」 毎日新聞5月21日

 教育基本法の起草にかかわるなど戦後を中心に活躍した政治学者、南原繁の発言集『文化と国家』と理論書『政治理論史』(共に東大出版会)の新装版が出た。この刊行は、昨年8月15日、東大安田講堂で評論家の立花隆さんらが開いたシンポジウムがきっかけ。東大出版会は、このシンポジウムの報告集『南原の言葉』も刊行した。立花さんに南原の現代的意義を聞いた。【鈴木英生】
 南原は1889年生まれ。終戦間際に東大法学部長となり、自らがかかわった学制改革をはさむ1945年12月から51年12月に学長を務めた。戦後、講和条約で全面講和を唱えたことでも知られる。
 立花さんは、彼のいわば「戦後レジームの設計者」としての側面に強くひかれた。 「安倍晋三首相は戦後レジームを諸悪の根源のように扱うが、日本史上、これほどの繁栄と平和ともたらしたレジームはない。南原は戦後レジームの黎明期に、日本をどうすべきか、特に日本人のマインドについて考え抜いた」
 南原に興味を持ったのは、昨年刊行した『天皇と東大』(上下巻、文芸春秋)の執筆過程だ。同書は、戦前の日本が大きく道を踏み外したポイントとして、35年の天皇機関説問題をあげる。ここで、学問の自由は最終的に弾圧され、日本は本格的な戦争へとかじを切った。そんな時代、南原は政治思想史の世界に閉じこもり、抗議の声を上げなかった。
 「南原は戦後、自分の生き方を反省しつつ、なぜ日本はこれほど大きく誤ったのかを考えた。そのすえ、学問の自由を絶対ゆるがせにしてはいけないと結論づけた」
 また彼は、日本は米英ではなく<それらがたまたま担わされていた理性と真理>(『南原繁の言葉』)に敗北したとみた。そして、日本の復興には<一個の「人間」として自己の理性と良心とに従って判断し(略)自主自律的な人格個性>(同)を持つ人間が必要だと説いた。学制改革や教育基本法は、この考えの延長上に構成されたといえる。
 さて昨年から、南原のほか丸山眞男や竹内好も再評価の動きがある。なぜ今、彼ら「進歩的知識人」が「再登板」しているのか。
 「たとえば私も、『天皇と東大』を書くまで南原の著書を読んでいなかった。しかしいざ読むと、それまでのイメージと全く違った。彼らの発言には、時代と真っ正面と切り結んだ重みがある。あの時代に生きた知識人を、我々は軽く見てきたのではないか」

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