私の読書日記 週刊文春2007年5月31日

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 福本邦雄回顧録『表舞台裏舞台』(講談社 1800円+税)に書かれている一連のできごとは、みなリアルタイムで表面的に知っていたことばかりだったから抜群に面白かった。
 福本は、戦前の共産党指導者、福本和夫の長男。産経新聞の記者になり、父親の部下だった産経新聞社長水野成夫に可愛がられ、政治記者から政界裏街道へ。第二次岸内閣の椎名悦三郎官房長官秘書官をふりだしに、政界の裏表に通暁する独特の地位を築いた。
 福本の得意技は、竹下登、安倍晋太郎、宮澤喜一、渡辺美智雄、中川一郎、亀井静香、古賀誠などなど、数多くの有名政治家と財界人を結ぶ政治団体を作ることだった。沢山作ってはその世話役をつとめ、政界と経済界をまたぐ広いネットワークの持主になった。同時に画商でもあったから、美術品の売買を利用して政界裏資金の流れにタッチしたと〓された。イトマン事件、金〓風事件ではその名がさかんに取りざたされ、中尾栄一元建設相の収賄事件では逮捕までされている。「政界最後のフィクサー」と呼ばれる奇怪な人物。
 一方で、独特の文才にめぐまれ、短歌の世界の巨匠の情念の世界を描いた『炎立つとは――むかし女ありけり』(講談社 1700円+税)なんて本もある。
 本書は、政策研究大学院大学のオーラル・ヒストリー記録活動の一環として、伊藤隆、御厨貴両教授がインタビュアーになって、三年間十九回のヒアリングを行ったもの。六〇年安保の時代から、池田、佐藤内閣、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、宮澤喜一、竹下登、中曽根康弘などが活躍していた自民党の黄金時代の裏舞台の話を徹底的に聞きだしている。「エエーッ、あのときほんとはそうだったのか」と思わず膝を打つようなウラ話が次から次に出てくる。
 ウラ話のひとつひとつが、極めて人間くさい。政治というのは表舞台だけを見ていたのでは決して理解できない、本質的に情念の世界なのだということが分かってくる。
 
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 アムネスティ・インターナショナル日本編『グアンタナモ収容所で何が起きているのか』(合同出版 1300円+税)を読んで、自由と民主主義の本家であるはずのアメリカという国が信じられなくなってきた。
 アメリカが、アフガニスタン、イラクで捕えたアルカイダ容疑者を、キューバのグアンタナモ基地内にある特殊収容施設に拉致し、そこで拷問を加えるなどして情報を取っていることは、報道で知ってはいた。それが実態においてこれほどひどいものとは思わなかった。
 拷問はアメリカ法の下では違法行為であるし、国際法においても厳に禁じられている。しかし、アメリカは、これを「合法」化するために、実に巧妙な策略を考えだした。
 拷問を加える場所を国際法もアメリカ国内法も適用が及ばない場所(グアンタナモ基地など)とした。そこに容疑者を移送する手続きを、いかなる国のいかなる法の適用も及ばない法の空白地帯を利用することで、ことの秘密を保った。
 その「国家間秘密輸送(レンディション)」活動は、CIAが一群の黒覆面をかぶった男たちにやらせてきた。この〓を暴いたのが、スティーブン・グレイ『CIA秘密飛行便』(朝日新聞社 2500円+税)。これを先の本とあわせ読むと、アメリカの秘密作戦の全貌が見えてくる。
 秘密収容所に入れられたアルカイダ容疑者には、刑事裁判の手続きがとられないから刑事事件の被疑者の権利は一切認められない。また、戦争捕虜ではないから、ジュネーブ条約にもとづく捕虜の権利も認められない。結局、収容者は全くの無権利状態に置かれている。アメリカで強制収容者のすべてに認められているはずの人身保護請求の適用すらない。
 この事実が明かるみに出ると、アメリカに対して国際世論(国連の調査機関、欧州評議会を含む)のごうごうたる非難がまき起こった。するとアメリカ政府は、特別軍事法廷設置法なる特別法を作って、すべてを合法化してしまった。テロとの戦いという「新しい戦争」が行われている状況下では、米軍当局が、「敵性戦闘員」と認定すれば、もう何をしたっていいという法律なのだ。強制収容者の人権など、誰にも語らせないための法律だ。
 法治国家アメリカはいったいどこにいってしまったのだ。
  国際NGOアムネスティ・インターナショナルだけが、収容者たちになり代わって、法的訴訟を起こし、収容所の実態を暴きつづけている。
 

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 マーティン・リース『今世紀で人類は終わる?』(草思社 1600円+税)を手にとったとき、タイトルがあまりにおどろおどろしいので、これはトンデモ本のたぐいにちがいあるまいと思った。しかし読みだすと、まじめな本であり、なかなかの説得力を持っている。
 著者は宇宙物理学者。英王立天文台の名誉天文台長をつとめる。
 話はすべて、科学的にありうる地球滅亡、文明滅亡の話。小惑星の衝突、「温室効果」の暴走、といった自然現象の脅威もあれば、核兵器の拡散、バイオテロ、カルト教団の先鋭化といった、人間の暴走現象もある。  自己複製する機械ができて、人間より優秀になり、ポストヒューマン文明を築いてしまうとか、生物を栄養源とする自己増殖ナノマシンが生まれて、爆発的に増殖し、地球上の植物を食いつくしてしまうなどというテクノロジー未来物語もある。  驚いたのは、最先端の素粒子実験がもたらしかねない世界の終り。
 巨大な金や〓の原子核を光速近くまで加速して衝突させると、原子核がくだけてグジャグジャになり、小スケールだが、ビッグバン直後の世界を再現する。
  すると、ブラックホールができて、周りのすべてを吸いこんでしまったり、複数のクオークが途方もなく圧縮されて、ストレンジレットと呼ばれる奇妙な新粒子を作りだしたりする。ストレンジレットは自分が接触するあらゆる地球上の物質を片端から奇妙な物質に作りかえていって、アッというまに地球を直径百メートルほどの超高密度天体に変えてしまう可能性がある。  あるいは、この実験が真空に相転移を起こさせ、これまでの空間を空間ならざるものに変貌させてしまい、これまでの空間がスッポリそれにのみこまれてしまう可能性がある。
 このような真空の相転移が宇宙規模にふくらんでいき、ついには銀河系全体がすっぽりのみこまれてしまうことも考えられる。

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 一九五〇年代の終り頃、在日朝鮮人の間で帰国運動が急にもりあがり、最初の一年で五万人が帰国した。八〇年代半ばまでに九万余人が眼をかがやかせながら帰った。
 祖国朝鮮民主主義人民共和国は、社会主義によって大躍進をとげつつある。帰国費用は無料。向うにいけば無償住宅にすぐ入居。完備した福祉制度があり、職業もすぐ紹介してくれる。朝鮮総連が配る写真入りの宣伝文書にみな〓されてそういう夢を信じた。しかし、向うの港についたとたん、それが夢だったことをさとる。豊かな社会はかけらもなかった。なぜそのようなウソだらけの帰国事業がはじまったのか。
 テッサ・モーリス〓スズキ『北朝鮮へのエクソダス』(朝日新聞社 2200円+税)は、その事業が、日本政府と日本赤十字社がはじめ、自民党も社会党も共産党も支援した事業だったことを暴く。
 その背景に何があったのか。裏を掘り下げていけばいくほど、在日朝鮮人問題の根の深さがわかってくる。  今後とも、この問題の安易な解決がありえないことがわかってくる。

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