21世紀社会デザインとことばの力

第1回 講義内容について

2007年4月17日

トチエンエイナイ

 私の講義では各論はやらない。原論(総論)について話していく。
 では何をもって原論というのか?

 「そもそも○○とは何であるか」

 について論じること、これがあらゆる学問における原論である。
 「そもそも○○とは何であるか」をギリシア語では、「トチエンエイナイ」という。「○○」にはいろんな言葉を入れることができるが、そこで問おうとしていることは、「○○」の本質である。

 「そもそも社会デザインとは何であるか」

 ということを考えるのが、この講義である。言ってみれば「社会デザイン学原論」である。
 社会デザインS />  社会デザインのデザインとは何だろうか。
 デザインdesignを英語の辞書で引くと、この言葉が、計画・設計・構想・目的・企図……など、たくさんの語義を持つことがわかる。これらすべての概念を含んだ言葉が、デザインである。物事をデザインする能力は、人間だけにある。何かをデザインして、実現する能力が、人間をほかの動物から際立たせているのである。

アーチファクト

 人類はこれまでどういうものをデザインしてきたのか?
 要するにそれは、人工的なもの、すなわちアーチファクトartifactである。人類の歴史は結局、アーチファクトの歴史である。
 今、目に見えるほとんどは人工物。我々の社会、とりわけ現代社会は、人工物に取り囲まれている(世界を自然物と人工物を分けて考える学問を「人工物学」という。1992年には、東京大学に人工物工学研究センターが設立された)。

設計学から生まれた失敗学

 「失敗学」という学問をご存じの方も多いだろう。これは設計学から生まれたものである(実は、失敗学という言葉を命名したのは私。『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』171頁参照)。
『実際の設計』というシリーズが今、全部で5巻刊行されている。

 これは、シリーズの第1巻。『実際の設計―機械設計の考え方と方法』(畑村洋太郎【編著】、日刊工業新聞社)。

 これが第3巻で、『続々・実際の設計―失敗に学ぶ』(畑村洋太郎【編著】、日刊工業新聞社)。サブタイトル「失敗に学ぶ」を見るとわかるように、これは失敗を分析した本である。
 畑村氏は東京大学工学部機械工学科の教授だった。畑村氏の教え子が、卒業後、企業や研究所へ進んでいったが、彼らは現場で、次々といろんな失敗をした。
 どうしてそのような失敗が起こったのか。失敗の根本原因は何なのか。畑村氏は、すべての失敗事例を収集し、分析してきた。それを包括的にまとめたのが、この『続々・実際の設計』である。
 畑村氏は、失敗学の本をたくさん出されているが(『失敗学のすすめ』(講談社)、『失敗学の法則』(文藝春秋)など)、元になったのはこの本である。これを端緒に失敗学は各界の注目をどんどん集めるようになり、国家予算の付く一大プロジェクトも立ち上がっている(JST失敗知識データベース)。

失敗学と、この講義との関わり

 畑村氏が定年退職した後、東大機械工学科で失敗学を受け継いでいるのが中尾正之教授である。

 この本のサブタイトルにあるように、中尾氏によれば、あらゆる失敗は41の原因に行き着くという。
 41の原因がどういうものかについてはこの本を参照してほしい。以下の図は、そのエッセンスで、個別の失敗事例から原因をいくつも抽出して、分類し、絞り込んでいく様子を示している。


『失敗百選』p43より。
同様の図は、JST失敗知識データベースにもある。


 社会を自分のデザイン通りにしようとした試みはかつてたくさんなされてきたけれども、失敗の連続だった。社会デザインの失敗は何に起因しているのか。この講義では、「社会デザイン言論」を語ると同時に、『社会デザインの失敗学』を語りたいと思っている。
 『実際の設計』『失敗百選』などは、設計学における機械工学的なテーマを主に扱った本であるが、設計学の本質に立ち入っていくと、決して機械工学だけではなく、ありとあらゆる分野の失敗の分析に役立つ本として読むことができる。これらの本には、いろんな分野の失敗を考える鍵が秘められている。
 君らは、このような工学的な本は視野に入っていなかったかもしれないけれども、何らかの形で社会デザインを志す人たちには、じつに役立つ本である。

設計とは何か

『実際の設計』には、そもそも設計とは何であるかが書いてある。それは目次を見るとよくわかる。

 設計の意義
 設計のプロセス
 設計で決める内容
 設計に伴う作業
 設計の手段
 設計に不可欠の知識・材料・部品
 設計の具体例
 設計の生し方

 さて、設計とは何であるかについて、この本では、次のように書かれている。

 「設計は、人が頭の中で考えたものを、実際の物の形にするためのすべての情報を作り出すことである。いいかえると、設計は人間の頭の活動が物の形になるまでの橋渡しをするものである」

 以下の図には、設計をする際の手順が示されているけれども、社会デザインを考える上で、非常に役に立つ。

『実際の設計』p6より(拡大

 設計とは図面を書くことであると思い込んでいる人も多い。しかし、そうではないというのが、これらの本の前提である。
 さて、少し話がずれるが、実際に物を作っていく際、大事なのが「チームワーク」だが、リーダーの役割は特に重要である。『実際の設計』には「馬鹿な司令官の下でいくら戦いをやっても決して勝ちはしない」とある。そして親分道、子分道に徹せよ、として、

「手柄を子分に。
 非常にむつかしいこと、危険なことは親分自身でやれ。
 まずい結果を生じたときの対外的な責任は親分がとれ。
 これらの項はとくに重要、親分の親分たる所以はこの項の実行にある」

 という。まったくそのとおりだ。

進化史

 さて、先ほど、人間の歴史は人工物の歴史であると述べたけれども、言い換えると、「自然人であるヒト+人工物」の系として、人類は進化してきた、ということになる。
 その進化は、個人だけに起こったことではない。「ヒト+システム」の系として社会も進化してきた。人間は、社会に不都合があれば、よりよいパフォーマンスを求めて対処する、ということを延々と続けてきた。
 人類史百万年の中で、もっとも大きな変化がいつ起こったかと言えば、それは旧石器時代と新石器時代の間である。
 旧石器は単に、大きな石を砕いただけのものだったが、新石器は削って加工してある。剃刀の刃のような細石器も誕生している。これと機を一にして言葉も誕生した(化石に残された頭骨の内側の形状からわかる)。そして、共同作業が生まれ、石器工場もできた。言葉を媒介にノウハウの伝承が行われるようになった。社会デザインが生まれたのはこの時点においてである。

人類史の研究者・シャルダン

 人類史を宇宙レベルの視点で眺める上で、私が注目してきた学者に、テイヤール・ド・シャルダンがいる。
 シャルダンは、北京原人の発見などの研究業績で有名な古生物学者。カトリックの司祭、宗教史思想家でもあったが、彼の思想は、カトリック教会から危険とみなされ、研究禁止令を出されたこともある。ユネスコは、シャルダンをアインシュタインと並ぶ偉人として評価し、没後10年を記念して国際コロキュウムを開催した(二人とも1955年4月に亡くなった)。その成果は、ユネスコ編『科学と綜合』(白揚社)に纏められている。
 彼のテーマは、

 人類進化の中で、我々はいま、どこにいるのか?
 この先、人類はどうなるのか?

 である。
 シャルダンは、個々のエレメント間の相互作用が複雑化していくことによって意識が生まれたと考えた(意識複雑化の法則)。世界はどんどん複雑化していくというのが、彼の進化論である。

 物質の複雑化→生命の誕生
 生命の複雑化→人工物が誕生
 人と人工物→人工知能の誕生

今後の予定

 シャルダンの考えによれば、遠くない将来、マシーンの複雑化によって、マシーンが意識をもつ可能性がある(意識の定義によるが)。だが、今のところ、意識をもち、そして何かをデザインする能力をもつのは人間だけだと考えてよい。何日もかけ、集団で狩りをするなんてことは人間にしかできない。
 しかし、そうした能力があるにもかかわらず、人間は、社会デザインにおいて数々の失敗をしてきた。この講義では、そうした例をとりあげていく。

エンゲルス『空想より科学へ』岩波文庫

 この本は、私が若いころは、学生たちの必読書だった。マルクスとエンゲルスによって「空想」との烙印を押されたのがイギリスのユートピア思想だった。それに対して、自分たちの思想こそ科学だとしたのである。マルクス主義がまちがっていたことは歴史的に証明されてしまったが、つい最近までこれを信じている人が、地球上の半分近くいたのである。

『過激派集団』
七〇年代日本の過激派の文献集

伏せ字だらけの国家改造法案

 二・二六事件の理論的支柱だったといわれる北一輝の「日本改造法案大綱」である。1923年にこれが出版されたとき、このように伏せ字ばかりだった。しかし原文が謄写版として秘密裏に書き写されて広まり、青年将校たちに深い影響を与えたのである。今後の講義では、五・一五事件から二・二六事件までの一連の昭和維新運動も取り上げていく。

●『北一輝著作集 第二巻』
●権藤『自治民範』

 そして、地下鉄サリン事件や坂本弁護士一家殺人事件などいくつも重大事件を起こしたオウムもまた、独特の社会デザインの思想をもっていた。
 これまで、各時代に、「もう、これしかない」「これが正しいんだ」という思想のもと、さまざまな社会デザインの試みがなされてきた。過激派の文献にしても、オウムの本にしても、実際に読んでみると、思わず引き込まれてしまうような妙な力がある。
 どうして、あれだけの人を動かせたのか。
 それは、ことばの力である。
 あるプランを提示して、一定数の人の心を動かすもの(場合によっては命を捨てさせるほど)、それはことばの力である。だから私の講義名は、「21世紀社会デザインとことばの力」となっているのである。

参考文献


畑村洋太郎編『現代工学の基礎 設計の方法論』岩波書店


立花隆『天皇と東大』文藝春秋


辻井喬『ユートピアの消滅』集英社新書